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2019/08/25(Sun)

ジモトロックフェス

@ Kieth Flack(福岡)

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祭祀建造物の巨大化③ クピニスケ文化は盗掘が多いことで知られていますが、建築に関してはほとんど調査されていません。モチェ谷の中流域にクピニスケ文化の代表的祭祀センターのワカ・デ・ロス・レイエス遺跡があります。(続く)
祭祀建造物の巨大化② 北部海岸ではクピニスケ文化が栄えました。黒色、褐色の還元焼成土器が多く、人間や動物の抽象化された図像が描かれました。クピニスケ文化では谷間ごとに土器のスタイルや祭祀建造物の形も異なるため、複数の谷間を支配する政治的統合体と考えるべきではないでしょう。
祭祀建造物の巨大化① 土器の登場とともに祭祀建造物の数と規模が拡大しました。海岸地帯では海辺の漁村やセンターは次第に減少し、河谷の中流域に祭祀センターが建設されました。山岳地帯では、ケチュア地帯に巨大な祭祀センターが建設されました。この時期を形成期中期と呼びます。
@ariaojou いやいや、むしろshe taught me a lot and even knows more than me about Korean cultures🤦‍♂️🤣 https://t.co/Cr48FgppEH
初期の土器⑥ エクアドルではバルビディア土器が最古の土器複合の代表として知られています。BC4000年〜BC2500年と比較的長い期間が想定されています。日本の縄文前期から中期の土器との類似性から環太平洋接触説を唱える研究者もいます。
@asuparider すみません Do you have a YouTube channel? I want to enjoy Japan's landscape and roads through your video, si… https://t.co/OOB2ybuabE
初期の土器⑤ ブラジル東部のタペリーニャ貝塚ではBC5600年にさかのぼるアメリカ大陸最古の粗製土器が出土しています。当時、マニオクは栽培化されていなかったので、魚貝の煮炊きに使用されたと考えられています。
初期の土器④ 初期の土器は水や食べ物の保存や煮炊きに用いられました。さらに、祭祀建造物とともに土器が出土していることから、儀礼行為に用いられたという推測もあります。
初期の土器③ コトシュ・ワイラヒルカとは別に北部海岸、高地では粗製土器が作られました。様々な遺跡から発見されていますが、特にカハマルカ盆地のワカロマ遺跡はデータが豊富です。
初期の土器② コトシュ宗教伝統の後に別の建造物が建てられ、そこから初めて土器が登場します。これをコトシュ・ワイラヒルカ期と呼びます。赤色の酸化焼成と暗褐色や黒色の還元焼成の土器が焼かれ、器形としては無頸壺、半球鉢、三角鉢が作られました。
@JPNlily21 it's an amazing power how Love Live brought all kinds people from all over the world together. it broke… https://t.co/h5C7cILDKG
@Cockato47613097 はじめまして 私はNZのオークランドです 私の好きなココナッツヨーグルトはNZ製のCathedral Cove というブランドの物で、プレーンはココナッツクリームとProbiotic Cultu… https://t.co/OtjwxEetOd
初期の土器① 中央アンデス地帯において、土器が登場するのはBC1800年頃の形成期前期と言われています。初期の土器はコトシュ宗教伝統以後に作られた土器と北部の高地、海岸の土器の2つのグループに分けられます。
BC3000〜BC2000年頃のカラル遺跡は河谷地帯にあります。ここからはインゲンマメ、サツマイモなどが出土しており、農業に従事していたことは確かですが、大量の魚貝類が出土しているので、海産資源へより依存していたと考えられています。さらに長距離交易があった可能性もあります。
@oyasumiotsukare @Mayubuns yes!! it's nice to respectfully exchange the best parts of our cultures, hopefully it co… https://t.co/u3RSOnRLRz
BC2500年頃、海岸地帯では祭祀建造物が建設されていました。ワカ・プリエタ遺跡からは墓が発見され、ヒョウタン製容器、織物が発掘されました。海岸では漁労による定住生活と、安定した資源を背景にした祭祀建造物を持つ社会であると考えられています。
アンデスの編年 アンデスの編年は複雑で、研究者や国によって異なります。日本においては石器(〜BC5000)、古期(〜BC3000)、形成期(〜AD0)、地方発展期(〜AD600)、ワリ期(〜AD1000)、地方王国期(〜AD1400頃)、インカ期(〜AD1532)が使われます。
BC2500年頃に建設が始まったとされるコトシュ遺跡では「交差した手の神殿」が発掘されました。この神殿は土器登場以前の公共建造物と確認されています。
中央アンデス地帯に初めて人類が現れたのは、1万2000年前から1万1000年頃といわれています。確実な証拠とされているのは魚尾形尖頭器です。
祭祀建造物の巨大化⑤ カハマルカ盆地のワカロマでは最古の土器を伴う建築群が巨大な祭祀建造物の下に埋まってしまいました。これを後期ワカロマ期と呼び、繰り返しの修復、拡張の結果、最終的には119m×108m、高さ4m以上の大基壇が造ら… https://t.co/IWyiG5oxBr

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