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2021/01/09(Sat)

NEW YEAR PUMP 2021

@ 小倉FUSE(福岡)

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新着図書:平安朝物語文学とは何か : 『竹取』『源氏』『狭衣』とエクリチュール https://t.co/J0kl9qPfEp
シンプルに、ストレートに、ただそこにあるものを「それ」と指示し記述するだけの機能しか託されていないようなセンテンスからのみ「倍音」は生成する。私だけが「私宛のメッセージ」を聴き取るということが倍音的エクリチュールの構造なのだ。(『もういちど村上春樹にご用心』内田樹)
ヴェルヴェッド・アンダーグラウンド&ニコによる、文学性テクストのエクリチュール。ゲーテ/ファウストでの、詩的美学ダイナミズムと、哲学的ディスクール。映画夏の嵐においての、GUI存在と時間パースペクティブ。ミロ絵画は、アブストラクトを、グラフィック・デザインする。CUIワープ。
東海ローカルの番組でcottaさんのキット紹介してて、その内容を自分が先に知ってて、更にもう購入してて家にある(まだ作ってない😆)って、なんだろ⁉️変な優越感❓😅 そして、常備のエクリチュールなくなってきててポチった昨日の夜😁 cottaでの買い物率が急上昇中⤴️
私的にはぜんぶいっしょ、エクリチュールも語りもナラティブも話法もなんもかんも描写のことだ。
テクストは、個性的な「作者が、ただ一人で作り上げたのではなく、彼を取り巻くさまざまな「エクリチュール」を織り合わせながら、加工され、編集されて出来上がったものである。とすれば、近代思想が前提としていた、自律的で産出的な「主体」は解体せざるを得なくなる。フランス現代思想史78
作家を世界に参加させるもの、それも世界の選択のいずれかにではなく、世界の欠陥そのものに参加させるもの、それは最終的にはひとつのエクリチュールの精密さなのである。世界ができ上がったものでないからこそ、文学は可能なのだ。
作家は、常に先行するとはいえ決して起源とはならない、ある〔記入の〕動作を模倣することしかできない。彼の唯一の権限は、いくつかのエクリチュールを混ぜあわせ、互いに対立させ、決して一つだけに頼らないようにすることである。フランス現代思想史77〜78
テクストとは多次元の空間であって、そこではさまざまなエクリチュールが、結びつき、異議をとなえあい、そのどれもが起源になることはない。テクストとは、無数にある文化の中心からやって来た引用の織物である。フランス現代思想史77
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「書く」ことは、「それに先立つ非人称性」によって、大きく影響されている。つまり、他の人たちの「語法」や「書き方」(それらをバルトは「エクリチュール」と呼ぶ)が、さまざまな形で書き手に作用しているのだ。フランス現代思想史77
意味の時間の只中における〈阻隔化〉の動きーデリダはこれを〈原(archi)-エクリチュール〉の差延(différance)と言うーは、ふたたびの「からみあい」を招くのであり、表現と指標の区別を、つまり、表現の「純粋性」を危ういものにするとデリダは考えるのである。
沈黙が『対話』の原初的な経験である。沈黙は『対話』をそのエクリチュールやその特殊な構成とともに必然的なものとした経験であると同時に、内部から、弁証法と証拠と断定にとって筋道となる経験である。-ルソー『対話』への序文-
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《神は神につづき、本は本につづく》(『エクリチュールと差異』) https://t.co/Wr86zKt2uo
『対話』は垂直のエクリチュールの上に築かれている。起立していて和声的な構造のこの言語において、語っている主体は、切り離されて自分自身に重ね合わされ、空隙のある主体であり、終わることのない加算によってのみ存在させることができるような主体である。-ルソー『対話』への序文-
話す術を知らないことを絶えず嘆き続け、物書きを職としていた十年間を人生の不幸な脱線としたルソーにおいて、論文・手紙・建白・声明・オペラは、彼の人生全体を通じて、パロールとエクリチュールが互いに工作し、異議を唱え合い、強め合うような言語の空間を定めてきた。-ルソー『対話』への序文-
デリダ(1930‐2004)フランスの哲学者。『グラマトロジーについて』『エクリチュールと差異』『播種』『弔鐘』『蓄音機ユリシーズ』『シニェポンジュ』
デュラスのエクリチュールのうちに入っていこうとし、このエクリチュールにおのれを縫い込めようと試みながら、おのれを失い、もはや其処から外へ出ることもできず、其処にとどまったままで、まるでひとが魅惑的な出遭いのうちで無言のままでいるかのように留め置かれてしまう (シルヴィ・ガニエ)
河上の文章以外でエクリチュールって見たことないので、ラッパーの語彙力やばいなと(ヒプ聴きながら)

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